当社は、1987年(昭和62年)に先代オーナーである森島淳が創業しました。
めまぐるしく変化している環境の中、今後もさらなる成長を目指していくためには当社も変化し続けることが求められます。
しかしその一方で、変化させることなく大切に引き継ぎたい創業からの想いや考えがあります。
当社では『広島で誇れる企業になる』という大きなチャレンジに向けての第一歩として、この度ショップスタッフスピリッツを掲げました。
これは、グッズカンパニーのショップスタッフとしてベテランも新人も同じ方向に向いて進んでいきたいという考えから作成したもので、
創業以来受け継いできた思いや考えを反映させています。
そしてそのベースとなっているのは、先代オーナーであり
創業者である森島淳の想いや考えです。
先代の口癖や行動を紐解きながら「グッズカンパニーとして
大切に受け継いでいくべきものはなんだろう」と改めて振り返り、
未来へ受け継ぎたい項目を『先代 オーナーズ ストーリー』としてとりまとめました。
皆さんがこれから何かに迷った時、ぶつかった時、困った時・・・
そんな時こそこの『先代 オーナーズ ストーリー』を読んでいただきたいと思います。
きっと先代が羅針盤となって大切な原点に立ち返らせてくれるはずです。
先代オーナー 森島 淳
東京や大阪で手に入れられるものを地元でも手に入れられるように。広島の人に不自由さを感じさせたくない。
初めて飲んだコーラの味が忘れられず、古き良きアメリカにあこがれ続けた青春時代。
10年間住んだ大阪のアメ村で大阪の人がアメリカンテイストを楽しんでいる様子を見て「アメ村みたいな店を広島に作りたい」とアメリカン雑貨の店を開いたのがグッズカンパニー第1号店。
当時の広島は流行のものがくるのが遅く、広島でオシャレな人は他県まで出向かないと買い物に不自由する時代。
そういう買いたいけど売っていない不便さを解消したいという思いがベースにあった。
その後、地元広島で多店舗展開をおこなううちに、「地域貢献」という言葉を口にするようになった。これは「自分たちのお客様も地元の人たちだから、地元に税金を納めて、地元が潤わないとだめ」という気持ちからきた言葉である。その言葉どおり、袋町裏通りの活性化活動という公の活動だけでなくプライベートでも大手企業の商品より広島地元企業の商品をわざわざ選んで購入するこだわりもみせていた。
郊外のショッピングセンターの台頭により、路面店のある街中に人が少なくなっているという危機感をもった通称うらぶくろのメンバーが集まり、活性化活動が始まった。先代も実行委員に選ばれ、沿道の美化作業やイベント活動に携わっていた。うらぶくろにはライバル店もいる。しかし、お店単体の利益だけ考えるのではなく、お店からエリア全体を考え、個性豊かなお店がたくさんあることを発信することがまずは重要と考えた。
活動の中で最も大きなイベントは、店のスタッフやその場にいたお客様300人でうらぶくろエリア全体を手でつなぐ「スマイルチェーン」。このイベントのクライマックスでは、先代自らその輪にウェーブおこすべく音頭をとって走り出し、盛り上げた。人に楽しみを提供するためには、やっている本人が楽しむことが何よりも大切である。
それはお店としてやらなくてはいけないの?
売れている商品でもうちでやる必要がなければやめる。その他大勢の店にはなりたくない。
事業活動の領域や企業独自の生存領域のことをドメインという。
ドメインの決定とは、企業の戦う領域を決めることであると同時に、戦わない領域を明らかにすること。
つまり何をするか、何を捨てるのかということを明確にしておかないと企業は生き残っていくことができず、いずれ競争に巻き込まれて淘汰される。つまり、ドメインを定義することはお店の存在理由=‘グッズカンパニーらしさ’を明確にすることでもあり、経営上不可欠なことなのである。
先代は、当初定義したドメインやコンセプトに対して商品や価格がブレてきた時、「お店の存在理由はなんなの?」と必ず原点に立ち返る質問をし、ドメインの確認を促していた。
たとえ月に100万の売上が稼げる商品でも、お店で扱う必要がないと判断すればあっさりやめる。売れるからといってドメイン超えたり、コンセプトに合わない商品を扱うようになることはお客様にとって分かりにくい店になること。「その商品を今やる意義、うちでやる意義」を常に念頭に置き、グッズカンパニーが本来戦う領域内での勝負にこだわることが必要である。
路面店は近所にかわいがられないと続けていけない。近所の飲食店なら食べに行き、隣の店の前まで掃除もする。
そうやってお互いさまの精神でやっていかないと路面店は続かない。
グッズカンパニーが来てから街がよくなったと言われたい。
路面店を長く続ける秘訣は街との共存。特に大家さんとのお付き合いには先代も細心の注意を払っており、何かあったら先代自ら対応しに赴いていた。
路面店の大家さんは何件も物件を持っており、今では空き店舗がでると大家さんの方から「グッズさん、借りてくれない?」とお声がかかるほどになった。グッズカンパニーが路面に店舗を出店できるのは、こうした先代の思いと創業以来の積み重ねがあるからである。
お互いに感謝できるつきあいをしたい。相談し、話し合える心強い仲間・パートナーとしてのおつきあい。
グッズカンパニーは1店舗の雑貨店からスタートし、現在までに直営店・代行合わせて実に50店舗以上の出店の歴史がある。
この出店時に欠かせないのが仕入先・内装業者さん・不動産屋さん・大家さん電気屋さん保険屋さんなど‘グッズカンパニー出店チーム’である。雑誌や新聞にのらない耳より情報を教えてくれる仕入先の担当者さん、いつも感度の良い内装を手掛けてくれるだけでなくメランジュのパートナーでもある内装業者さん、小売業において大きく鍵を握る立地選定の影の立役者である不動産屋さんや大家さん、配線すべてをお任せできる電気屋さん、見えないリスクを考えてくれる保険屋さん。
社名ではなく個人名で呼び合う彼らが一体となってグッズカンパニーの出店を支えてくれているのである。
先代は彼らをチームの仲間として信頼し、値段が高い安いというお付き合いでなく、お互いが儲かるおつきあいを心掛けていた。だから、他の業者に相見積もりはとらない。仕事は条件でなく人で選ぶ先代ならではのお付き合いのしかたである。
こうして先代の頃からの信頼関係は現在も続いており、綾子社長いわく「出店する時はみんなが飛んできてくれて全く困らな
い」とのことで、今後もグッズカンパニーは進化を続けることができるのである。
過去にあったお店「SNRI(サナリィ)」は、アニメガンダムに登場する架空の公的団体である海軍戦略研究所からとったネーミング。店舗名にふさわしい近未来的な内装を手掛けてくれたのが出店チームのメンバーである内装業者さんである。
売れないからといって仕入先やブランドをすぐ切ることはしない。
特に新しいブランドは売上の向こうにある可能性を見極め、その中から化けそうなものや勢いのあるものを探す。
2002年にグッズカンパニーとしてディベロッパー本格的出店第1号となるSHAPPOパルコ店が開店した。
当時のグッズカンパニーは路面店しかもっておらず、また帽子は雑貨部門の取扱いでありセレクト専門店という形態の店をも
っていなかった。そこへパルコ広島店長から直々に出店要請があったのだ。
パルコの狙いは当社で扱いのあったCA4LAを入れてほしいというもので、結果開店1年で1億円の売上を達成することができた。
セレクトショップを構成するパーツのひとつであった帽子というアイテムだけで専門店としてのショップ(セレクト専門店)が作れるというこの体験により、セレクト総合ショップからパーツを派生させる新たなビジネスモデルが誕生した。これがグッズカンパニーの第1のターニングポイントとなり、直営店とディベロッパー店舗での運営という新しい歴史が始まった。
仕入先もブランドも売れないからといって切ってはいけない。その向こうにある可能性に気づくことができたなら、新しいビジネスチャンスが生まれるかもしれないのだ。パーツとして派生しそうなもの、化けそうなもの、勢いのあるものはないかetc・・・アンテナは高く、多角的に張っていることが大切である。
お前だったら何するや?
空き店舗を見ると、グッズカンパニーならここで何をするのかをシュミレーションし、「お前だったら何するや?」と決まって周りにお題を出していた。現在やっていない業種であってもゼロベースで考える。面白がりながらアイディアをだし、チャンスを探す。
アイディアは机で考えているだけでは生まれないことがある。そんな時にはこの面白がる遊び心を思い出してほしい。
全てはお客様都合。
商品やイベントだけでなく、レジ回りに置くものまで徹底してお客様都合で実行すること。
お客様が唯一自社に利益をもたらす存在なのだから。
F.Oさんから代行ビジネスのお誘いを受けたのが2004年頃。他社の看板で商売をするという新たなチャレンジとなった。
当時のグッズカンパニーの子供服は予約して手に入れるようなブランド品を扱っており、商品を欲しがるお客様に来店してもらえるという考えがあった。今にして思えば「お店都合」な部分もあったかもしれない。
一方の、立ち上げ間もない代行ビジネスではお客様に認知してもらいかわいがってもらわないといけないところからのスタート。なおかつ、F.Oさんの考え方に沿って店舗運営する必要があり、自分たちの勝手が通じない状況となった。
そんな中、F.Oさんとお客様の状況を客観的にとらえて「それはお店都合ですよね。お客様都合でないとダメですよ!」とF.Oさんに要望するようになったことが「お客様都合」実践の原点となっている。
その後、F.Oさんもお客様都合で考えてくれるようになり、子供服業界の一大ブランドにまで成長した。
そして、グッズカンパニーとしても代行部門を県外にまで拡大し、日本一のショップを抱えるまでとなったことから、代行部門への進出がグッズカンパニーの第2のターニングポイントとなった。
お客様都合の考え方が直営店運営にも活かされたことで、不況と言われた苦しい時期も乗り切ることができたのである。
新しいものや他店にないものこそ専門店として揃えなければならない。
売れるものだけ仕入れるとチャレンジしなくなってくる。
いつもどこか変化を好み、売場の変わったところを探すのが好きだった先代。売れていないお店には商品の配置の変更を指示するのはもちろんのこと、「いけいけ、どんどんチャレンジしろ!」と新しいチャレンジの背中を押した。
また、反対に売れているお店には「いつまで売れるんや?」「なんで売れるんや?」と質問し、安定した売上の時こそその先行きを疑っていた。これは、売れている時こそ謙虚に冷静になり、次の芽を作っておくことの大切さを伝えたものである。
売上が悪い時、「なぜ売れないのか?」考え抜くことは大切である。これでもか、これでもかと考えて対策をする。その過程で行き詰ってしまったメンバーにはリーダーとしてなんと声をかければいいのだろう。そんな時先代は、「お前はほかにやりたいことはないのか?」と声をかけていた。
売れない(否定)や売れなかった(過去)原因を突き詰めていくと、時にそれは詰問となり相手の発想や行動を小さくしてしまうことがある。逆にどうしたら売れるか(肯定)やこれから何をしたい(未来)という質問に変えた瞬間に、相手の視点が変わり新しい発想や意欲につながることがある。これはどちらが正しい質問であるということではなく、相手や状況によって質問の使い分けができることが大切なのである。リーダーとして身に付けたい心得である。
視察の際は店頭、ストック、トイレのチェック。お店に立つときはポケットにはたき姿。
きれい好きだった先代は、掃除と整理整頓というお店の基本を徹底して大切にした。お客様に見えるところだけでなく見えないところにも手を抜かないということで、倉庫にある段ボールも古くなったら入れ替えをしていた。
実はこの段ボールの入れ替えは倉庫に眠っているまだ売れる商品を見つけるのにも役立っており、店舗に回せる商品を宝探しのように探していた。在庫は会社の宝物。それを大切に扱い、整理するというのは仕事においても基本である。
取引先メーカーさんがあってこそ自分たちは仕入れることができる。
買い手だからといって自分の都合ばかりをおしつけてはいけない。
グッズさんと取引してよかったと言われるような取引をしなさい。
仕入先から「売れ残った商品の掛率を下げるので仕入れてもらえませんか?」と言われた時、どう答えるだろうか。売れ残りであることから、掛率を下げてもらっても販売できないのであれば当然買取するのは難しい。先代は、「委託でよければ販売のお手伝いをしてあげなさい」と言っていた。お互いにWin-Win。そういう関係を続けてきたからこそ、出店に際し耳寄り情報をくれるような仕入先とのつながりができるのである。
自分だったら買ったり選んだりした商品に対して接客してくれた店員さんに
「それを選ばれてほんとに良かったと思います」と心から言われたら嬉しいと思うよ。
雑貨店で接客を担当していたころ、レジが込み合っていない時はレジでお客様へ商品やメンテナンスのことなど一言の声掛けを忘れなかった先代。お店に立たなくなってからも自分が他店でお店を出る前に言われて嬉しかったことをすぐにメンバーに伝えていた。
第1印象と同じくらい大切な最後の印象。お客様に「買ってよかった!また来たい!」と思っていただけるように最大限のおもてなしでお見送りしよう。
店長はメンバーに感謝する。店長とチーフがうまくいくとスタッフが育つ。
店長は会議・出張などで外に出ることが多く、「夫」のイメージ。外出しがちな夫に代わりお店を守る「妻」の役割がチーフ。店長とチーフが夫婦のようによく話し合い、よい関係が作れるお店ではスタッフが育つ。
先代と綾子社長の関係は本当に夫婦だけど、会社での役割もまさに夫婦そのものだった。会社でも家でもよく話をしたし、どちらかが怒ればどちらかがなだめるというような役割分担をおこなっていた。
ひとりでできる仕事は限られているからこそ、相手に任せること、自分で引き受けることを見極める。お互いの感謝の気持ちがチームの力を強くする。
会社はひとつのチームなのだから、困っている時は駆けつけて手助けするのは当たり前。
立場にとらわれず、仕事の選り好みもしない。リーダー自ら率先して大変な仕事やメンバーが嫌がる仕事を請け負い、ここぞという時のリーダーシップは行動で示していた先代。特に、新店オープンの時にリーダーシップを発揮していた。本番を完璧な状態で迎えるために細かい段取りのメモを作り、入念な準備をおこなう。前日は12時過ぎまでメンバーと一緒に作業し、オープン当日は大声で一緒に販売する。チームとしてのチャレンジをメンバーと一緒に楽しんでいた。
急げ!早く!すぐやれ!
先代が最後に伝えたい言葉があるとしたら、この言葉だろう。人生の時間は思ったより短い。なおかつ、攻めたりチャレンジができるのは元気なうち。「本気で仕事に向き合う時間を大切に、今のうちに何にでもチャレンジしなさい。目標を立てるなら大きく。大きな目標が行動をかえてくれる。」ときっとあなたの背中を押してくれている。先代が自分の身を持って伝えたメッセージをあなたも受け取ったなら、失敗を恐れず大いにチャレンジしてほしい。
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